令和4年2月某日
昨年、一番の出会いは「愛果28号」だったかもしれない。11月、九州に向かう海上でブツリブツリと途切れるテレビ画面は愛媛の公共放送をひろっていた。地域ニュースに変わり出荷を待つ柑橘「紅まどんな」が映る。それは化粧箱に入れられ明らかに通常の柑橘とは見た目も扱いも違い、大事にされているように見えた。「紅まどんな」は「愛果28号」の秀品に付けられた名前だ。冷やすとゼリーのような食味で、愛媛県内でしか栽培されていない柑橘だと言う。ニュースの内容は「紅まどんな」の都市部向け、贈答用、初出荷の話だった。地場に出るのはまだ先との事だが、あわよくばの心持ちで九州経由の四国へ向かうことにした。
結論から言うが四国、愛媛で見つけることは叶わなかった。出会った地元の方から、もう二週間後ならね、との言葉をもらう。時期や地域の決まった食材なんてそんなものだ。
翻ってわが街三浦には「三浦大根」がある。大ぶりな中膨らのフクフクとした姿形。核家族化や流通という需要の問題、姿形からくる抜きづらさなどの栽培し辛さで生産量が減少し続けている。それでも三浦を代表する名産には違いなく、例年、暮れからの冬、買い求めに来る人も多い。
さて、夕餉用にと家人が「三浦大根」と「なばな」を置いていく。冬の終わりと春の走り。当たり前の季節を感じられる事が嬉しい。自家消費用で少し異形であるが中々のふくら具合の「三浦大根」。長さは無いが2キロを超える重量。それでも煮大根好きの我が家では一食と保たない。キメの細かい三浦大根は煮えるのは早いが煮崩れしにくい。サッとの下茹でで、後はコトコト煮染み込ませる。面取りされた残りは味噌汁に。出始めの「なばな」はニンニク、オリーブオイル、塩でシンプルにアーリオオリオ風。歯ごたえ欲しさにフライドオニオンを散らす。そんな夕餉に決めた。
皿は素直に、素直に選んでみる。煮大根には、尺と少しの小鹿田焼。昔の田舎の農家の食卓をイメージしてドガッと盛ろう。子供らから伸びる手を想像するだけで少しニヤける。アーリオオリオには縁を入れて九寸、内径で7寸の砥部焼。土物を使うことが多いが、白磁に緑がよく映える。黒い胡椒も目立って良いな。古今東西、和洋折衷、土石混淆。我ながらのことだが、この取り合わせは気に入った。
よく煮えた三浦大根はフルッとする。口に入れれば、歯などはもちろん使わない。舌と唇で切ると豚の旨味と煮汁が口中いっぱいジュワッと拡散する。砂糖、醤油、味醂、酒の、よく知る味付けなれどフルッとした食感が、新鮮で豊かなものにしてくれる。
以外に思うかもしれないが、なばなのアーリオオリオは飯を進ませた。オイルとにんにくの旨味となばなの苦味に食感が合う。抜群にうまい。良い夕餉だ。
結局「愛果28号」は帰ってきてから取り寄せた。それも何度か繰り返して。家族総出で気にいった。我が家の冬の定番になるだろう。
特産のものを食すとその街のことも思い浮かべる。食と記憶には強い結びつきがあるのではなかろうか。わが街の名を冠した大根を食べてわが街を、思い浮かべてくれたらとても嬉しい。